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妥当なECB理事会での政策決定

ポイント
・今回のECB理事会を控えて、ドイツ政府や米国が過剰な量的緩和策の推進の是正を求めていたが、執行部はフォワードガイダンスの変更すら慎重な姿勢を崩さなかった。
・今回の理事会では量的緩和策の縮小が見送られただけでなく、その先行きについても議論されなかったが、フォワードガイダンスの修正にとどまったのは妥当な決定といえる。
・今回の理事会を前に量的緩和策の縮小が決まることがはやされてユーロ高が進んだだけに、当面はその修正が進む可能性がある。



フォワードガイダンスを中立に引き上げ

 先週は8日に重要なイベントが三つも重なったが、それ以外にもサウジアラビアはじめ湾岸諸国を中心とする中東の5カ国がカタールと断行するという、今後の中東の地政学的リスクを展望するうえで重要な出来事があった。
 地政学的リスクの観点では、ドナルド・トランプ政権で主導権を握っている親イスラエル右派や共和党系新保守主義(ネオコン)派、石油資本系につらなる軍需産業系が、これまでの北朝鮮への軍事的な展開からイランへの攻撃に軸足を移そうとしている。そうしたなかでは中東5カ国(その後増えて現在では9カ国)とカタールの断行が、7日にイランで起こったテロ事件も含めて非常に重要であるといえる。
 ただその前に今日から明日にかけて、8日に起こった複数のイベントについて簡単に押さえておく。

 まず欧州中央銀行(ECB)の理事会について見ていく。
 今回の理事会では政策金利や毎月600億ユーロの資産を買い入れる政策についてはそのまま据え置かれたうえで、声明では政策金利の先行きの指針(フォワードガイダンス)を従来の「現状からそれ以下の水準」から「当面の間、現状水準にとどまる」に変更した。つまり、これまでは状況によりさらに追加緩和策を打ち出せる余地を残していたのを、その余地を取り払って中立水準に引き上げたといえる。
 そのうえで、ユーロ圏の19年までの成長率の見通しを引き上げた一方で、インフレ率を引き下げた。


タカ派的な外圧と執行部のハト派路線とのせめぎ合い

 また会合後のマリオ・ドラギ総裁の会見では、前回4月27日の理事会の際にはユーロ圏経済の状況を「下方リスクは一段と後退した」として判断を強めたが、今回は「リスクは幅広くバランスしている」としてそれをさらに強めた。さらに「経済成長は予想より早く拡大している」「経済の勢いは力強く、より強い回復基調になっている」と述べることで、ユーロ圏経済が回復基調にあることを正当化した。
 その一方で、「潜在的なインフレ率は低いままであり上昇は緩やか」なものにとどまるとしたうえで、「量的緩和策の先行きについてはいつ発表するか議論していない」「金融政策の正常化については議論していない」とした。
 今回は政策金利や資産購入政策についてはそのまま据え置きとなったが、その変更についてもいっさい議論していなかったことを明らかにした。

 最近、ユーロ圏経済は景況感が改善してきたのを受けてドイツを中心に――それもイェンス・バイトマン総裁はじめドイツ連銀(ブンデスバンク)の関係者以上に、アンゲラ・メルケル首相、ウォルフガング・ショイブレ財務相といった政府側が強硬に金融政策の正常化に向けて動くように圧力を強めていた。
 そこに通商問題の解決を前面に押し出している米国のドナルド・トランプ政権も、通貨安誘導をもたらす過剰な金融緩和策を批判していたなかで、その矛先が日本銀行(日銀)には向かわずにもっぱらECBだけに集中していたことで、ドイツ政府の姿勢と結果的に“奇妙に”一致していた。
 これに対し、イタリア出身のドラギ総裁やポルトガル出身のヴィトル・コンスタンシオ副総裁はじめ、ECB執行部がそろって経済・財政事情が苦しい南欧諸国の出身者で占められているだけに、量的緩和策の縮小はおろか、フォワードガイダンスの修正にも慎重な姿勢を崩さなかった。特に総裁や副総裁の出身国ではいまだに銀行不安がくすぶっており、公的資金の注入を巡りドイツ主導の欧州連合(EU)側(欧州委員会)の姿勢と“ギクシャク”した関係が続いているだけになおさらである。


策動的にユーロが買い上げられた反動が先行する展開か

 こうしたなか、市場では今回の理事会でECBが量的緩和策の縮小を決めるとの観測をはやしてユーロが買い上げられてきたが(正確に言えば、展開の主導権を握る投機筋が作為的にそうした“風説”を流していたようだが)、実際にはそれが決まらなかったのは当然である。
 ドイツ政府や米国からの圧力、それにユーロ圏経済のファンダメンタルズの改善傾向といったタカ派的な要因に対し、依然として南欧諸国では銀行不安がくすぶり続けていることやECB執行部のハト派的な姿勢がせめぎ合ったうえで、今回の政策決定がフォワードガイダンスのタカ派的な修正にとどまったのは妥当なところであるといえよう。
 また量的緩和策の先行きについても、現行の毎月600億ユーロの資産を年末まで買い入れることが決まっているなかで、現時点でその先行きについて議論するのは時期尚早である。

 外国為替市場ではあまりにECBが量的緩和策の縮小に動くことをはやしてユーロが買い上げられてきただけに、これから米連邦準備理事会(FRB)の利上げやバランスシートの縮小に市場の関心が向いていく可能性も含めて、当面は修正局面としてのユーロ安・ドル高が進んでおかしくない。
 しかし、前回の当欄で指摘したように、米権力者層は今秋の共産党大会を控えて習近平国家主席を、また来年中に予定されているサウジの国営石油会社サウジアラムコの新規株式公開(IPO)を支援するため、できる限りFRBのそうした路線に注目が集まらずにリスク選好の地合いを続けさせようとしている。このため、日銀が現行の“超強力”な量的緩和策から脱却する糸口が見えず、むしろ米国から状況によりヘリコプターマネー(ヘリマネ)政策の導入も含めてさらなる強力な緩和策の推進も求められていることもあり、より長期的な観点でのユーロ高・ドル安傾向はまだ続いている可能性がある。


 明日は英国の総選挙、明後日はサウジはじめ湾岸諸国を中心とする中東各国とカタールの断交、週末はイランでのテロ事件について考察します。
 よろしくお願いします。
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プロフィール

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永山卓矢と申します。
有限会社ナリッジ・クリエイション代表です。
現在、マクロ経済の分野でアナリスト業務を中心に活動しています。
フリーの立場で従来のマクロ経済や金融市場分析に限らず、その背後の政治的な権力闘争に至るまで調査活動を行っています。
これまで、月刊誌『商品・証券・金融先物市場』とその後継の『フューチャーズ・マーケット』や投資日報社などの大部分のインタビュー記事の作成をはじめ、他の情報媒体の市況執筆に携わってきました。
また、『「実物経済」の復活』(副島隆彦著 光文社刊)』はじめ、著名評論家の著作本執筆の実質的な共著や補助などの業務に携わってきました。
どうぞ、よろしくお願いいたします。