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ハト派的に解釈されたFRB議長の議会証言

ポイント
・今回のイエレン議長の議会証言を受けてFRBの追加利上げ観測が後退したが、議長はこの時、インフレ動向についての現状認識を示したに過ぎない。
・構造的な問題からフィリップス曲線がフラット化しているが、FRB執行部はG30の意向を受けてインフレ鈍化は一時的で、2%に向けて上昇していくとの見解を堅持している。
・主要国・地域の金融政策を実質的に統轄しているG30では米系財閥が主導権を握っており、米世界覇権戦略に沿って政策運営が行われるようにコントロールされている。
・議会証言がハト派的に受け止められるように仕向けられたのは、9月の利上げの決定を市場があまり織り込んでいないなかで、中国の共産党大会の開催に配慮したためだ。



バランスシート縮小開始9月宣言も12月利上げ観測が後退

 先週の市況を動かした要因は何といってもイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長の議会証言であるので、今週はまずその内容を押さえておく。
 この証言はFRB議長がハンフリー・ホーキンス法により年2回、上院(銀行委員会)と下院(金融サービス委員会)で証言することが義務付けられているものであり、通常は2月と7月に行われる。
 初日に下院で行われる証言でおおむね、市場が注目している内容が出尽くされるので、通常は2日目の上院での証言はあまり注目されないものだが、時折り2日目の証言が初日とは異なる視点で発言することもあり、その時には材料視されることもないわけではない。

 今回のイエレン議長の証言は12日に下院で、翌13日に上院で行われたが、初日の発言が市場ではハト派的と受け止められた。それにより、先月13~14日に連邦公開市場委員会(FOMC)が開催されて以来、9月にFRBのバランスシートの縮小開始が、12月に追加利上げが決まるとの見方が有力視されているが、このうち12月の利上げ観測が後退することになった。

 12日の下院での発言では、イエレン議長は「バランスシートの正常化は比較的すぐに始めるべき」「バランスシートの正常化の開始がスムーズに行くことを期待している」「22年までにバランスシートは正常に縮小していくだろう」と述べた。
 それによりその開始を9月に決め、また開始してからは前回のFOMCで決めたスケジュール通り、当初は国債と住宅ローン担保証券(MBS)を合わせて毎月100億ドルのペースから始め、経済情勢にかかわらず粛々とそのペースを拡大していき、1年後には同500億ドルのペースになることを改めて「宣言」したといえる。
 それ自体はタカ派的な要因であり、もはや9月19~20日のFOMCでその縮小開始が決まるのが決定的になったといって過言ではない

 問題は利上げやインフレに関する見通しについてである。イエレン議長は改めて「数年かけて緩やかに利上げを推進していく」と表明したうえで、その条件として「インフレ動向を注意深く見守っており、それを達成するために非常に集中している」と述べた。
 そしてそのカギを握るインフレ動向については「目標を下回って推移している」としたことから、年内にさらなる利上げを決めることはできないかもしれないといった見解を強めることになったとされている。


今回の発言は現状認識を示しただけ

 もっとも、労働市場がひっ迫していながらも賃金上昇圧力がなかなか高まらず、インフレ圧力が鈍い状態が続いているのは以前からいわれていたことであり、今回のイエレン議長の証言で改めてそれが認識されたと考えるのは無理がある。実際にFOMC内部での議論でもハト派的な委員がそれを指摘していたのに対し、FRB執行部はそうした状態は一時的なものに過ぎず、いずれ賃金上昇圧力が強まって2%の目標値に達するとの見通しを堅持してきた。
 もとよりFRB議長が、それも議会での証言といった「公式」での発言が“当たり障りのない”内容になるのは当然のことだが、今回のイエレン議長の証言もあくまでも現状認識を述べたに過ぎない。

 強いていえば、イエレン議長はこの時、議員からの質問に答える形で「リーマン・ショックによる巨大な金融危機を受けて潜在成長率が下がったことで自然利子率が低下した」と述べたことで、追加利上げに向けた期待が薄れたことが指摘できる。
 それに加え、その前日にはFOMC委員でハト派の代表格とされるラエル・ブレイナード理事が「さらなる利上げを決定する前に的確なインフレの判断が必要」としたうえで、「最近の弱いインフレ傾向を受けて金利見通しを見直すべき」「フィリップス曲線が非常にフラット(平坦)化している可能性がある」と述べていた。そこにイエレン議長が今回、自然利子率に関する発言をしたので、そうした認識に拍車をかけたことは推察できるだろう。


米系財閥が主導権を握るG30の意向が強く反映される金融政策

 そもそも、労働市場がひっ迫しているにもかかわらず賃金が上がらないのは、これまで当欄で何度も指摘しているように、中国沿海部の人件費が高騰したことや、米国で巨大な金融危機が起こったことで格差の拡大が顕在化し、消費社会の中核をなす中間層が没落したことでグローバル生産体制が崩壊し、多国籍企業の収益力が低下したからだ。極めて構造的な問題であり、フィリップス曲線がフラット化したという指摘は正鵠を得ていると思われる。
 おそらく、FRB執行部もそうしたことは認識していると思われるが、それでも現在の状況は一時的なものに過ぎず、やがてインフレ率は2%に向けて上昇していくとの姿勢をとり続けているのは、スタンレー・フィッシャー副議長を介して、主要国・地域の中央銀行の金融政策を実質的に統括しているとされるグループ・オブ・サーティ(G30)の意向が強く働いているからである。

 このG30で主導権を握っているのが米ロックフェラー財閥の系列であり、すなわち主要国・地域の金融政策はまさに米国の世界覇権戦略に沿って運営されているといって過言ではない。先月のFOMCで極めてタカ派的な政策が決定されたのも、作為的に新興国危機を引き起こして「米国一人勝ち」状態を現出したり、その後米国経済を景気後退(リセッション)に陥らせることで戦争を引き起こすための環境を設定する意図があることは、前々回の当欄で述べた通りだ。
 今回、イエレン議長の会見を受けて追加利上げ観測が後退したとはいえ、FRBの金融政策の正常化に向けた路線自体は変わりようがない。


ハト派色がもたらされた本質的な理由とは?

 にもかかわらず、どうして今回、イエレン議長の議会証言を機にハト派色が強まる状況がもたらされたのかというと、今秋の中国での共産党大会の開催を控えて、またできればサウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコの新規株式公開(IPO)のメドが立つまでは、リスク選好による株高傾向が続く局面を継続させようとしているからだ。
 実際、ブレイナード理事はこれまで、FRB執行部が利上げに向けた姿勢を続けていたなかで、株価が下落したり低調な景気指標の発表が続いたりしたことで市場がそれを十分に織り込んでいなかった際に、FOMCが開催される直前にハト派的な発言をすることで、今回の会合では利上げを見送ることを事前に市場に伝える役割を担ってきた経緯がある。そのブレイナード理事が今回、イエレン議長の議会証言の直前にハト派的な発言をしたあたり、米権力者層の意向を受けた政策当局や金融資本家勢の意向をそこに読み取ることができる。

 今から1カ月ほど前までは、FRB関係者と頻繁に接触しているプライマリーディーラーの間では、FRBは6、9月に利上げを、12月にバランスシートの縮小開始を決めることが当然視されていたものだ。
 ところがその後、9月に縮小開始の決定を先行させて追加利上げを12月に後回しにすることで順番を入れ替えることにしたのは、中国の党大会の開催を直前に控えた時期の9月での利上げの決定を市場がほとんど織り込んでいなかったからだ。バランスシートの縮小開始を決めるのであれば、当初は毎月100億ドルと小規模なペースで始まるので、その方が市場が受ける衝撃が軽微なもので済むと考えられているからだ。
 そのうえで、多くのFOMC委員が利上げに比べると、バランスシートの縮小を推進しても市場にはそれほど影響を及ぼさないとの見解を披露することで、市場が動揺しないように努めているのである。


 明日から週末にかけての3日間は、中国で習近平が今秋の党大会で専制権力体制の確立とその永続化に向けて動いているなかで、江沢民政権以来の中南海を巡る権力闘争と米国との関わりについて検証していきます。
 まず明日は中国で現政権が成立した当初は李克強首相が米欧からの支持を受けて経済政策で主導権を握ったものの、その後習近平がそれを奪い取っていった経緯や米国との関係について考えます。
 よろしくお願いします。
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プロフィール

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永山卓矢と申します。
有限会社ナリッジ・クリエイション代表です。
現在、マクロ経済の分野でアナリスト業務を中心に活動しています。
フリーの立場で従来のマクロ経済や金融市場分析に限らず、その背後の政治的な権力闘争に至るまで調査活動を行っています。
これまで、月刊誌『商品・証券・金融先物市場』とその後継の『フューチャーズ・マーケット』や投資日報社などの大部分のインタビュー記事の作成をはじめ、他の情報媒体の市況執筆に携わってきました。
また、『「実物経済」の復活』(副島隆彦著 光文社刊)』はじめ、著名評論家の著作本執筆の実質的な共著や補助などの業務に携わってきました。
どうぞ、よろしくお願いいたします。