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実効性に疑問符が付くECBによる第3弾のTLTRO

ポイント
・今回のECB理事会では域内GDP成長率やインフレ率の見通しが19年を中心に大幅に引き下げられたが、域内3大国の状況を考えると一段と下方修正されておかしくない。
・さらに理事会では新たな資金供給策として第3弾となるTLTROの実施が打ち出されたが、そこには銀行が貸し出しに回す条件が付いているため、実体経済が冷え込んでいるなかで実効性があるか疑問視される。
・その背景には、金融緩和策に回帰するにあたり量的緩和策を再開しようとしても、ドイツが緊縮財政政策を続けているなかで買い入れる資産が不足しているという物理的、技術的な問題があり、苦肉の策としての意味合いが強い。
・ただし、独メルケル首相がレームダック化して仏マクロン政権の影響力も弱体化したことから、10月末で任期を終えるドラギ総裁の後継にタカ派的なドイツ連銀のワイトマン総裁が就任する公算が高まっているため、その前にハト派路線を敷こうとしている可能性も。
・日銀も買い入れる国債の量が不足していることから新たにイールドカーブ・コントロールが打ち出されたように、もはや景気が悪化しても、有効な緩和策が打ち出す余地がなくなりつつある先進国・地域に共通して陥っている環境を象徴していると言えるだろう。


大幅に引き下げられたユーロ圏成長率見通しは一段と低下も

 7日に開催された欧州中央銀行(ECB)理事会では、声明で総裁や副総裁、専務理事、ユーロ圏域内各国の中央銀行総裁による各理事の予測をまとめたユーロ圏域内総生産(GDP)成長率やインフレ率の見通しが大幅に下方修正された。
 GDP成長率の見通しは19年が前回の昨年12月13日に公表された時点の1.7%から1.1%に、20年が1.7%から1.6%に、21年が1.5%で変わらずに、またインフレ率の見通しも19年が1.6%から1.2%に、20年が1.7%から1.5%に、21年が1.8%から1.6%にそれぞれ引き下げられた。特に今年(19年)の見通しが大幅に引き下げられたが、民間機関の予測数値なともかくとして、通常では一気に大きく修正することは慎重であるはずの公的機関がこうした見通しを発表したのは、いかに経済状況が悪化しているかを示唆するものだ。
 実際、ユーロ圏3大国の状況を概観しても、イタリアではもはや完全に景気後退(リセッション)に陥っており、輸出主導の経済構造であるドイツでも中国向け輸出の激減からリセッション入りがささやかれる状況だ。残るフランスも連日、「黄色いベスト運動」によるデモ活動に悩まされており、経済状況が極めて悪い。こうした状況では、いかにスペインやポルトガル、東欧諸国がそれなりの成長率を記録しても(言うまでもなく、中核3大国が悪化しているなかではその可能性は低いが)、ユーロ圏全体の成長率は0%台の水準に向けて一段と下方修正されておかしくない。


問題のあるTLTROによる資金供給策

 また今回の理事会ではフォワードガイダンスが修正され、これまでは19年夏頃までは利上げをしないとされていたのを年末までに延長された。また新たな資金供給策として、期間2年の第3弾となる貸出条件付き長期資金供給オペレーション(TLTRO=ティーエルトロもしくはテルトロ)が打ち出され、9月に開始されることも決まった。
 このうち、利上げ開始の時期を来年初以降に延期されたのはともかくとして、第3弾のTLTROの導入についてはやや点検する必要がある。この政策は中央銀行であるECBが資産を膨らませて資金供給するという意味では、国債その他の資産を買い入れる量的緩和策と変わらない。買い入れることで無条件に資金を供給するのではなく、返済期限を設定して貸し出すだけなので厳密には量的緩和策の範疇に入れられていないに過ぎないものだ。
 問題なのは、この資金供給策はその使途として銀行が貸し出しに回すことがその条件になっていることであり、実体経済が冷え込んでいるなかで銀行が貸し出しに回せる状況でないのは言うまでもないことだ。


量的緩和策が再開できず苦肉の策としての資金供給策

 にもかかわらず、どうしてECBが今回、こうした政策を打ち出したかというと、経済実態が一段と落ち込んできたことで金融緩和策に回帰しようとしても、通常の資産買い入れによる量的緩和策の実施が物理的、技術的な観点から困難であるからだ。これは日本銀行(日銀)も国債を買い入れる規模を減額する代わりに長期金利の誘導目標水準を設定する「イールドカーブ・コントロール」を16年9月に導入したように、買い入れる国債が絶対的に不足しているからだ。特にユーロ圏ではドイツが健全財政政策に固執しているだけに、なおさら買い入れる資産の不足に直面している。
 またECBは今回、この政策を再導入するにあたり、16~17年に第2弾となる同様の政策を実施して7,000億ユーロの資金を供給したが、その満期を迎えるにあたり、イタリアをはじめとする銀行が資金繰りに支障を来すことがないようにといったことをその名分に掲げていた。しかし、その満期が到来するのは20年6月以降のことであり、1年以上も前からこうした政策を決める(開始されるのは9カ月前)のはいかにも早すぎると言わざるを得ないものだ。
 ECBとしては本当は量的緩和策を再開することを望んでいるにもかかわらず、技術的な問題からそれが実現不可能であるため、“苦肉の策”として今回の政策が打ち出されたのは明らかである。


ドラギ総裁がタカ派的な後継就任を前にハト派路線を敷く目的も

 強いて言えば、これまでECBを率いてきたマリオ・ドラギ総裁の任期が今年10月末までとなっているなかで、今のうちに金融緩和策に回帰する姿勢を打ち出して確実に路線を敷いておこうという意向が執行部の間で働いたことは考えられるだろう。
 ドラギ総裁の後継をめぐり、ドイツのアンゲラ・メルケル首相がフランスのエマニュエル・マクロン大統領と“裏取引”をして、昨年末までの段階ではフランス出身のブノワ・クーレECB専務理事かフランス中央銀行のフランソワ・ビルロワドガロー総裁を就けることで合意していたとされる。それにより、欧州連合(EU)のジャンクロード・ユンケル欧州委員長の後継にドイツ人の腹心を就任させることで、EUで主導権を握ることを目論んでいたようだ。
 しかし、その後メルケル首相がレームダック化して欧州域内でも神通力を失い、マクロン大統領もフランス国内での政情不安や財政事情の悪化から影響力を後退させたことで前記の“密約”が効力を失い、ドラギ総裁の後継者に従来、本命視されていたドイツ連銀(ブンデスバンク)のイェンス・ワイトマン総裁の就任の可能性が再浮上している。そうしたなかで、ドラギ総裁がタカ派の後継者に交代する以前にハト派的な路線を敷こうとしたのかもしれない。


先進国・地域の中央銀行が共通して陥っている現象

 いずれにせよ、ECBが今回、打ち出した資金供給策は実効性に疑問符が付くものであり、それはこの政策が公表された直後の市場の反応に見て取れる。それは理事会の会合が終わった後に公表された声明を受けて欧州の株価が総崩れになったが、特に伊ウニクレディトはじめ銀行株の下げがきつかったのにそれが見て取れる。それはGDP成長率やインフレ率の見通しが大幅に下方修正されただけでなく、資金供給策に対する失望が強かったこともあるのは言うまでもないことだ。
 いわば、今回のECBの金融緩和策への回帰として打ち出された資金供給策は、景気が悪化してももはや有効な緩和策が限られている現状の先進国・地域の中央銀行に共通して陥っている環境を象徴しているとも言えるだろう。9月にこの資金供給策が開始された後、その実効性がないことが明らかになっても実体経済が思うように浮揚していなければ、いよいよドイツ政府が憲法を改正して積極財政政策に転じ、それにより増発される国債をECBが引き受けることで本格的なリフレ策を打ち出すことが求められることになる。


 明日は先週末に発表された米雇用統計について見ることにします。
 当月分が非農業部門の雇用者数が極端に少なかった背景や、それ以外はタカ派的な内容だったことについて検証します。
 よろしくお願いします。
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プロフィール

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永山卓矢と申します。
有限会社ナリッジ・クリエイション代表です。
現在、マクロ経済の分野でアナリスト業務を中心に活動しています。
フリーの立場で従来のマクロ経済や金融市場分析に限らず、その背後の政治的な権力闘争に至るまで調査活動を行っています。
これまで、月刊誌『商品・証券・金融先物市場』とその後継の『フューチャーズ・マーケット』や投資日報社などの大部分のインタビュー記事の作成をはじめ、他の情報媒体の市況執筆に携わってきました。
また、『「実物経済」の復活』(副島隆彦著 光文社刊)』はじめ、著名評論家の著作本執筆の実質的な共著や補助などの業務に携わってきました。
どうぞ、よろしくお願いいたします。